ガウダー氏との出会いから、パワーウォーキング日本本部設立へ
2001年6月22日 当時某私立大学の講師として、クリスマスの起源についての資料集めにドイツチューリンゲン州を訪れていた古賀を待っていたのは、地元出身のモスクワ五輪50㎞競歩金メダリスト、ハートヴィッヒ・ガウダー氏との思いがけない運命的な出会いだった。その日のチューリンゲンは、夏にはまれな雪が降っていた。
生まれて初めて耳にする心臓移植を受けた金メダリスト、ガウダー氏の話の内容には、只々驚くばかりであった。しかも彼は瀕死の状態にあった身体から、パワーウォーキングで歩く事によって回復をなし遂げた。人一倍の強い精神力の持ち主である事も目のあたりにしたのである。
「健康は黙っていて与えられるものではなく、積極的に求めていき、それに向って毎日少しの努力を惜しまない事だ」そして「ゆっくり歩く事を恐れるな、立ち止まる事を恐れよ!」というガウダー氏の生き方に感銘を受け、古賀は日本でのパワーウォーキングの普及を誓う。
この出会いがきっかけとなり、翌年パワーウォーキングクラブ日本本部設立に至る。
ベッケンバウアー氏からの感謝状授与式
古賀 和仁(コガ カズヒト)
プロフィール
欧米への企業研修プランニングスペシャリスト 豊富な海外経験の一部 |
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1978年 | 『パリ市功労賞』を当時のパリ市長で後の仏国大統領シラク氏から授与 |
1989年 |
フランス共和国『パリ16区賞』受賞 ティタンジェ外務大臣より授与 ドイツ連邦共和国『バイエルン州ランツフート市観光功労賞』受賞 上院議員兼 ランツフート市市長ヨゼフ・ダイマー氏より授与 |
1997年 | フランス共和国ル・マン24時間耐久レース委員会より『特別功労賞』授与 |
2000年 | 日本の縄文文化の海外普及活動をするため新潟県十日町市から初代縄文海外特使に選出 |
2004年 | ガウダー氏の故郷ドイツチューリンゲン州の駐日代表に任命 |
2006年 | 日本イタリア旅行協議会の初代会長に就任 |
2010年 |
長野県小布施町「健康と交流による町づくり」ドイツ研修を立案、実施 数多い町おこしの活動のなか、マルチンルター受難の足跡をパワーウォーキングで巡る大会を立案、実施し成功 |
2011年 |
長野県小布施町とドイツ連邦共和国5町村との健康交流協定締結への一翼を担う |
2012年 | チューリンゲン州ユネスコ文化遺産ヴァルトブルグクライス地域90市町村駐日大使就任 |
チューリンゲン州を案内するガウダー氏と古賀
パワーウォーキングに関する活動
2002年4月 | パワーウォーキングクラブ日本本部設立 理事長就任以降現在まで、ハートヴィッヒ・ガウダー氏を日本に招き、日本各地でパワーウォーキング講習会を開催している |
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2003年5月 | ガウダー氏富士山登頂に同行 |
2004年10月 |
チューリンゲン州『プンパルツの日』パワーウォーキング大会に
日本本部有志と参加 「プンパルツ」はチューリンゲン州都エアフルトから延びる全長28lmの 小路、『プンパルツの日』は州を挙げてのイベント 日本から初参加のこの年は、大会の起点となる、クアハウスで知られる 町「バードザルツンゲン」の市長を表敬訪問し、歓待を受けた |
2006年10月 |
チューリンゲン州『プンパルツの日』パワーウォーキング大会に
日本本部より有志と参加 州のスポーツ振興に力を注ぐガウダー氏の案内で、スポーツ施設・学校を見学する |
2011年11月 |
パワーウォーキング活動を通しての人道支援活動に対する感謝状をドイツのフランツ・ベッケンバウアー氏より授与 (ベッケンバウアー氏は「皇帝」と呼ばれた元サッカー選手、指導者で、ドイツではガウダー氏が事務局長を務める『臓器移植支援スポーツ団体』に、元F1ドライバーのミハエル・シューマッハー氏らと共に名を連ねる) |
2016年4月 | チューリンゲン州主催『ハイキング ワールドチャンピオンシップ』 パワーウォーキング部門に日本より有志と参加 |
(パワーウォーキングを推奨している厚木市の企業にて 大島シニアアドバイザーと指導)
(チューリンゲン州駐日代表任命書)(ル・マン特別功労賞)
(ガウダー氏と実技指導する古賀)